2007年10月14日

半年レビュー 寄り道 : ハーバードさん、でかすぎたなあ。ていう話

 
 今回のこの江上の滞米研修では、イェンチンさんで仕事をするとかだけではなくて、京大図書館さんのお役に立つためのいろいろな調査ごとをして、報告書として持って帰る、というのもひとつちゃんとあるのですよ。それはまあ例えば、ハーバード図書館さんのサービスとか、業務とか運営とか、デジタル関連的なこととか。
 で、これまでなんとなくいろんなことを見聞きしたり、いろんなところで話を聞いたり、参加させてもらったりはして、蓄積はしてきたんだけど。
 ・・・・・・どうも、うまくいってる気がしない。気がしない、ていうか、うまくいかない。
 全部断片で、断片だけが蓄積されてて、結びついてなくて、全体像がぼんやりしてる、ていう。

 その原因を、実はこの半年かけて、つらつら考えてたのですが。

 結局、ハーバードさんの所帯のでかさ加減と、自分が事前に構えててた外枠のざっくり感とが、あまりにも不釣合いだったんだな、というところにたどり着いたよ。

 (註:「事前に外枠をざっくり構えてた」こと自体については、間違ってたわけではない、ていうのはあって、だってこれでもし「ざっくり」じゃなくて「ぴっちり」構えてこっちに来てて、それが整合するかと言われれば、そりゃまあよほどのことがない限り無理だな、ていう。)

 というのも、ハーバード大学、そしてその図書館機構、あまりにもでかいためなのか、それともプロフェッショナルというアメリカ図書館の一面のためなのか、あるいはルーチンな人事異動がないためなのか、どうなのかはわかりませんが、どうやらそれぞれの部署がだいぶ高度に細分化されているらしく、自分がとある部署・図書館にいて、その部署・図書館にいるまんまだったら、どうも外の様子が何も見えてこないし、何も聞こえてこない。それは、まあ決して”縦割り”というわけではなくて、ある部署からある部署へは直に話を通せるし、話を聞かせてほしいと言えば聞かせてくれるし、話の通りはスムーズなんだけど、それは基本的に、必要な件についての必要な相手への必要なだけのビジネスライクな接触であって、それ以外の個人的かつなんとなくな接触(いかにも日本風な)がぼんやりと生じている、というわけでは、たぶんない。
 これは、結果どういうことになるかというと、ハーバード学内にいたところで、学内の図書館事情のあれこれが、しかも自分の部署・業務(日本古典籍の整理)と直接関わらないようなそれが、なんとなく舞い込んで来るということはほとんどない。この辺、日本にいた頃をあらためてふりかえってみると、ハーバードほどでかい所帯でないためなのか、みんなが非専門的でゼネラルで広く浅くという立場なためなのか、ルーチンな人事異動によって学内のあちこちに個人的な知り合いがいるという事情なためなのかはわかんないけども、自分の部署・業務と直接関わらないような学内図書館事情でも、不思議なことになんとなく手元に舞い込んで来てたよなあ、ということにしみじみと気付かされるのですよ。そうだったんだ、って。自分では意識してなかったけど、日本にいた頃の江上って、結構ぼーっとしてたんだ(笑)、って。ぼーっとしてても、なんとなくいろんな情報が自然と舞い込んで来てたんだ、って。恵みが天から与えられてたんだ、って。
 しかもこれに加えて、イェンチンさんというところがかなり学内から独立した立場にある組織だということ。それは、予算的・組織的にというだけでなく、分野的にも言語的にもそうだから、学内図書館システムの一部であるとはいっても、結構あちこちな業務なりつながりなりが全学とは別個、という感じになっちゃってて、情報が舞い込んでこない度合いに拍車がかかる、ていう。

 それらは言ってみれば、いくらハーバード学内にいるからといっても、他の多くの部署の人にとっては、江上が”よそさん”であることには違いがない。それはもちろん、決して「”よそさん”だから受け付けない」という意味ではなくて、イェンチンにいる江上も、京大にいたときの江上も、いま京大にいる誰々さんも、等しく”よそさん”として受け付ける、という。だから、学内のよその部署に見学に行くなり、話を聞くなり、情報を仕入れるなりしようとするにあたっては、イェンチンの江上としておうかがいをたてるのと、京大からはるばるおうかがいをたてるのと、ノリ的には別になんら変わりがない、ていう。

 遠いなあ。距離感が。
 フレンドリーな空気感はありながらの、この距離感が。

 でもって今度は、一歩イェンチン外に出ようものなら、ハーバードさん自体がこのでかさ、でしょう。図書館90、図書館員1000人、どの図書館も部署盛りだくさんで、古い大学だから組織が入り組んでて、それでもって紙文献なりWebページなりの情報量といったら半端じゃない、っていう。そりゃまあ、よっぽど調査対象が限定的でない限り、カオスになるわなあ。
 さらには、江上生来の「あれもこれも好奇心」という性がこれまた負に出てしまって、さらにカオスだし。

 というわけで、これはよっぽど戦略的に情報収集していく姿勢でないと、とてもじゃないけど”意味のある””まとまった”情報は得られそうにないな、ということに、かなり長いこと経ってやっと気付いたのでしたよ。

 但し、じゃあこれまでの、「結びついてなくて、ぼんやりしてる、断片の蓄積」は一切意味がなかったのか、ということになると、これは決してそうではなくて、むしろ逆で、はなっから自分のぴっちりとした外枠でもってハーバードさんに取り組もうとするのではなく、とりあえずアンテナを広く、受け皿を浅く、来る情報は拒まず、浮かぶ発想は逃さず、で、それら断片の全部が全部フォルダにつっこまれてたのを、広テーブルの上にざっと並べた結果、自分なりの”サイトマップ”的なのを描くことができて、ああ、あそこがどうもポイントだな、こことここはあのときのあの人に聞くなりあの資料を掘るなりすればおもしろそうやな、このへんはひとかたまりとして攻めていけばいいな、ていうのが見えてきた、ていう。

 まあ、結果的にはそういうやり方が急がば回れだったんだろうな、というふうに、自分を納得させてみながら、ぼちぼちやってます、ていう感じだよ。

 でかいよ、ハーバードさん。(笑)


 
posted by egamihvu at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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