2008年10月26日

HVUday大反省大会--何がそれを難しくしているのか

 
 日本からvisiting librarianに来てくれる人がなかなかいない。

 という話を、あちらでちょいちょい耳にしましたよ。
 中・韓からは積極的に滞在研修に来るのに、日本はとてものこと消極的である、とか。
 逆に短期でちゃっと来て、見学して、ぷぃっと帰るのはとてつもなく多いんだけど、それは見て、得て、帰る、ていうだけで何も残してくれないし、とか。
 たまさか呼べるプログラムを組んだところで、なかなか来てくれる候補があらわれず、招致・交渉の紆余曲折だったりとか。

 んー、まあ、いまのこの日本の大学図書館とその職員をとりまく状況であれば、1年なり半年なりの間、人員ひとりを空けるというのは、もちろん並みの難しさではなかろうとは思います。
 海外に行って滞在するだけで箔が付くことになる、というふうに思えるほど、そこまでは日本は図書館後進国ではない、と思いたい、ということなのかもしれんし。
 京大さんのこの研修だって、学内公募の末、江上以外に手を挙げたのがひとりいたのかふたりいたのか、詳しくは知らされていませんが、我も我もというわけでは決してなかった、というあたりは、そもそも日本の若年層が海外志向を持たず興味を失っている、とかいうふうに伝え聞くのも、なるほどそういうことなのかなあ、と思わなくもないよ。

 ただ、行きたい人も、行かせたい館も、まったくいないわけでは決してないはず。
 江上が今回行ったこと、及び某日記なりこのblogなりに対するお声だとかリアクションだとかを拝見拝聴するに、興味ないなんてことはまったくない。はず。と、思いたい。

 なので、だったらじゃあ、いかにかして”行きたい人”・”来てほしい側”・”行かせたい館”がうまいこと出会えて、プロジェクトが成立するという、橋渡しの、フィーリングカップルの、その出会い系の効果的な仕組みというものが築きあげられないか、というふうに思いが及ぶのですよ。 

 運命の相手に、出会えないのは何故?
 出会えそうになっても、すれちがってしまうのは何故?
 (注:OMなんとかではありません)

 個別交渉で探すのに手間や負担がかかっているから?
 行きたい人がどこにいるか、どうすれば見つかるかを、来てほしい側が知らないから?
 どこが来てほしがってるか、どんなプログラムがあるかを、行かせたい館側が知らないから?
 自館に行きたい人が現れたとき、どう対処していいかを知らないから? 上手な行かせ方を知らないから?
 実際行かせたらどうなるかがわかんないから?
 行きたい人だって、実際行ったらどうなるかがわかんないから?

 ということで、まあ、江上の考え付きやすい範囲(笑)のことで考えてみて。
 需要・供給の情報が集約されていない。
 経験者・経験館のノウハウや事例が共有されていない。
 ということなんではなかろうか、と。

 需要・供給の問題だけじゃなく、1年海外行く・行かす・来さすのって、解決されなきゃいけない課題も、のりこえなあかん障害も、事前に知っといたほうがいいコツも、あらかじめ回避されるべき失敗例も、どこをどう押さえたら効果的かというポイントも、たくさんたくさんあるはずなんだけど、それが整理され、集約され、共有されてなかったら、それは何? 毎回ゼロから始めなあかんの?てなって、そりゃまあ、偶さか機会が訪れたとしても、手を挙げるのに躊躇せざるを得んだろう、ていう。

 さて一方その頃、大学図書館業界では、いまやすっかり定着しつつある感の某モーテンソン研修。
 これだって、最初は様子見様子見だったろうと思うんだけど、数年経って、常連の貫禄すら見えてきてますよ。
 貫禄の理由は、数年間の経験が蓄積されたというところにあるだけではないでしょう。あちこちの大学からばらばらに派遣されているように見えて、取り仕切っているのは某□大図協さんや△大図協さんが中心、ということはイコール、情報やノウハウがそこに集約され、かつ共有されている。だからこそ、継続事業として定着しつつあるところ(=「ああモーテンソンね、いいんじゃない?」)まで来てるのではないかしら。と考えてみるのですよ。

 このモーテンソンさんの場合は、先方のプログラム自体に継続性があるから、日本側でも継続的に蓄積していけるものとして構えやすかった、てのはあるんでしょう。
 では、ほかに継続性が保ててるものがあるか?と考えてみたときに、慶應さんとトロント大学さんのエクスチェンジ提携のパターン。毎年慶應さんからトロントさんに派遣させて、聞けばもう4年で4人だとのこと。向こうからも来てはるし、継続と蓄積という点から言えば強固そうだなあ、と思えますよね。
 それから別の意味での継続・蓄積という意味では、九大さんの例。ざっと見ただけでも比較的短期間のうちに何人もの派遣が行なわれてますので、これはもう、学内館内にノウハウが蓄積される、されないわけがない、といううらやましいパターン。学内に複数人経験者がいれば、管理者側にもその実施経験が蓄積されてれば、次にまた誰か行かしましょか、ってなったときに実にスムーズに手際よく事が進むであろうことは、容易に想像し得る、というものですよ。
 あと注目してみたいのはエルゼビアさんのプログラムって?てことなんですが、これは今後の成り行き。
 そして、あちこちの文献を流し読みしていると、どうやらトロント大学さんは”迎える側”としての継続・蓄積の利をえているらしい、ということもなんとなくわかるよ。

 さて、以上はうまくいってる、ていうかうらやましいパターン。

 問題は、慶應さんなり九大さんなりじゃない、それ以外のほとんどの大学図書館が、そんな蓄積だの継続性だの持ちようがない、ということにありますよ。
 1週間の短期見学ツアーでこそ、それこそ山のように行なわれているようではあるものの、図書館員を半年・1年レベルで海外に行かせるなんてこと、それなりに大きな規模の大学図書館であったとしても、10年に1度あるかないか、ていう感じになっちゃうのではなかろうか。10年に1度のイベント、単発かつ個別なままの研修事業について、青果物としての調査結果だけならまだしも、経験だとかノウハウだとか、自館に蓄積されるわけがないし、されようがないし、偶さかされてみたところで活用される場もない。利点・問題点といったことへの知見だとか情報だとか、形成された人的ネットワークだとかが、そんな時代もあったねと、ときたま笑って話されるだけで、次へつながるということがついぞない。いや、大規模大学ならそれが1つでも2つでもあるかもしれないからまだいほうで、そうでない大学さんでは、情報もねぇ、人脈もねぇ、機会もねぇ、いや、機会が、無人島の沖を通る貨物船のように訪れかけたとしても、経験も蓄積もねぇから手の挙げようがねぇ、結果、スルー、ていう。

 もとから決して数の多くない、長期・滞在型海外研修の、経験やノウハウや知見やというのが、ぱらぱらと点在散在していて、それを偶さか必要とする人からは手の届かないところで、眠っている、としたら。
 もったいなさすぎやせんか、ていう。
 それはじゃあ、大学間の枠を越えたような場で持って、集約と共有をしましょうよね、ていう。

 もちろん、財源の確保だとか人員の確保だとか、そもそもの人材育成方針をどう持ってるかとかいう問題は、個々の大学に帰するものであると、そこはまちがいなくそうなんだけども、それらを解決し確立しあるいは透明化するための検証・情報共有の場みたいなの、あと、需要・供給の交通整理的なステージみたいなの、ていうのは、10年に1度あるかないかなんつってるレベルである以上、個々とかでまかなえるような問題じゃないんだから、それなりの場で形成しましょうようね、と。モーテンソンではある程度やれてるんだから。

 少なくとも、モーテンソンがあるからいいじゃん、つって、安心しちゃって、それ1個にゆだねて、なんか、ていのいい人材育成のアウトソーシングみたいになっちゃってないか、あれ? ていう変な心配しなくてもいいようなことくらいは、やってもいいよね、と。

 いうようなことを、実際行くことが決まった時にさてどっから情報収集の手をつけたらいいもんかと考えあぐねたり、過去にあった同様の海外研修事例を網羅的に探してみようと試みたらかなり手こずったりした江上が、考えてみた、ていう話でしたよ。

 モーテンソンについては、日本だったらあれくらいのこと国内でまかなってやらなあかん内容なんちゃうんか?ていう不審感もなくはないんだけど、ここでそれ言うと話がヘンになっちゃうので、それはまた別の。

posted by egamihvu at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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