2008年09月13日

HVU大反省大会--と、日記には書いておこう。

 

 とまれかうまれ、こういった滞米中の見聞なり調査成果なりというのは、自分のための記録として残すだけでなくて、その場その場でひとさまに読んでもらえる文章にまとめて、webで報告していったっていうのが、このHVUdayの話ではなくて、あの「日記」ですよね。始まったのが2007年6月。書いた記事が全部で43。だいぶ後半に偏ってはいますよね。それは、報告できるようなまっとうな活動をしてたのが後(ry

 ところで、この手の海外研修ってだいたいが「帰国後に報告」じゃないですか。帰国して、報告書をまとめて提出したり、それが何かしらの雑誌に掲載されたり、あるいは学内で2時間程度の報告会を開いて口頭で「行ってきました、こうでした」つったりして、まあ、終わりますよね。それが2回、3回と続くことも多少はあるにもしろ、まあ、終わりますよね。
 それってどうなん?て思いますよね。短期なら、まあ、いいとしても、1年行って、それ、ってどうなん?と。その1編の報告書で1年分の報告がまかなえるのか、と。その2時間の口頭報告で1年分の報告がまかなえるのか、と。まかなえないですよね。まかなえなかった自分がゆってるから間違いないし。
 あと、報告会が帰国後1ヶ月くらいで行なわれるとして、もっとも遠くて1年1ヶ月前の現地事情。雑誌掲載の報告を執筆して、審査されて、掲載されて、で9ヶ月から1年かかったとしたら、最も遠くて丸2年前の現地事情ですよ。どんな冗談だ、て思うよね。このドッグイヤーのご時世に。公転周期の違うどっかの惑星の話か、て思うよね。

 以前はそれがあたりまえだったんですけどね。
 いまや、そうでないほうが、あたりまえのご時世っていうね。
 インターネット様々ですよ。

 ていうのがあって、現地で知ったこととか経験したこととか見聞きしたこととか、そのときの最新情報なり図書館事情なりっていうのを、時間をおかずに、リアルタイムで報告する、ていう企画意図でしたよね。

 もうひとつ言えば、「そういえば最近誰々さんて見かけへんよね」「ああ、なんかどこそこに行ってはるらしいよ」「えー、何それ。何してんの」「いや、ようわからへん」、これまでこんなんばっかりでしたよ、正直。ひどすぎないか、これ。金銭的にも、人員的にも、業務負荷的にも大枚はたいて海外行かせてるのに、成果の共有どころか、行ってること自体が認識も理解もされてないとか、正気の沙汰じゃないだろう、と。1年1人遣わしといて、その間の蓄積のほとんどが個人の内部だけにとどまっとる、とか。大事なことなんでもう一度言うと、正気の沙汰じゃないだろう、と。

 ”個人”の研修から、”全体”の研修への転化。

 私自身が、皆様の目となり、耳となり、スパイ衛星となって、(註:でも、かなり分厚いフィルターと色眼鏡によるバイアスを、リボンのようにおかけして(笑))お伝えしますよね、ていう。もはやサービス業務ですよ。

 もっと言うと、教員とか学生とか一般の市民の皆さんに対して、図書館の活動とかってどういうもんなんだ、ていうのの広報的な意義も考えられるんだけども、まあぶっちゃけてゆっちゃうと、学内への図書系アピールですよね。ただまあ、書きぶりがどうしても図書館関係者向けになっちゃった感じがあまりにも大きくて、とても図書系以外の学内へのアピールなんて、かなってなかったんじゃないか、と思うよ。

 技術的な話はよくわかんないんだけど、江上の理解をざっと言うと、京大さんの図書館のwebサイトはXoopsというのを使って作られてて、そこに、wordpressというブログシステム的なソフトをのっけて、”一般のブログに良く似たwebページコンテンツ”を作った、ていう。ちなみに、この「日記」については構想段階から準備、実施、終了に至るまで、徹頭徹尾、「ブログ」という呼称を一切使わずに運営しきったよね。なんとなれば即ち、これを「ブログ」とゆっちゃうと、この企画の実現性が数千倍くらいハードル高くなっちゃって、たぶん実現できてなかったろうな、ていう。

 めんどくせえな、ニッポンの組織。

 でも、見た目は、完全にブログなんだけどね(笑)。

 この「日記」の日本側での実務を行なってくださったのが、京大さんのwebサイトを運営するとある小委員会の人たちでしたよ。
 記事を投稿するときは、まず江上がアメリカからこのwebページの編集サイトにログインする。記事を投稿する。その記事が、そのとある小委員会の上部組織である広報的なことの委員会によって査読される。問題がなければ数日中にそのまま公開される。そんな感じでしたよね。

 さて、この「日記」、自分の想定以上に読んでいただけてたみたいで、2度の一時帰国時にはいろんな方にお声をかけていただいて、ありがとうございました。すみません、なんか、遠いところから書きたい放題書いたみたいになっちゃって。某、大学図書館の問題を研究する研究会の年次的な大会とかでも、だいぶ取り上げてくださってて、すみませんでした。そんなことになるんだったら、もっとちゃんとしたこと書いとけばよかっ(ry

 収穫大だったなあ、と思う反面、ぜんぜんあかんやん、ていうことももちろんたくさんあって、もともとこの企画は、コメント欄なりを使って、米国側ライブラリアンと日本側図書館職員とのコメントのやりとり、ディスカッションのステージ的なものとして回転させていけたらおもろいよね、というようなことを考えていたのでしたよ。いたのでしたけど、まあそれって、「ブログ」という呼称を使うこと以上に数ミリオネア万倍ハードル高いよね。組織的にも、日本人気質的にも、そもそも江上の力量的にも。なので、そんなんとっかかりのかけらも見つけられなかったよ。
 書けるときに書ける記事を書く、みたいになっちゃったのも大きな失敗。計画性がないし、長らく間があいたかと思えば、長文を連続してでんと出したり、テーマもふらふらしててこいつ最終的に何をしたいねん、てゆわれてしまってもまったく仕方がない状態にはなってたよね。それだからこそ生まれる良さ、ていうのももちろんある、あるんだけど、それにしたってふらふらし過ぎてたよね(笑)。あれはあかんかったね。
 あと、これはまあ仕方ないっちゃ仕方ないんだけど、マイナス面が書けない。やっぱりね、一番勉強になるのは、先進行ってると言われるアメリカさんの大学図書館の、それでもなお抱えるマイナス面はどこなんだ、課題は、何をどう乗り越えなきゃならないのか、ていうところであって、それ込みで全体を見ないと、地に足の着いた吸収ってできないじゃないですか。でもね、書けないよね。失礼になっちゃうからね、お世話になってばっかりだった先方さんに対して。
 結果どうなるかってゆったら、賞賛賞賛のオンパレードで、日本の皆さんに、アメリカの大学図書館は桃源郷だ、ユートピアだ、トマス・モアだ、それに比べて我々は、つって、下を向いて歩こう的な感じになっちゃってるとしたら、やっぱまずいよね。ぜんっぜんそんなことないってこと、ちょっとでも現地に行ったらじきにわかるんだけどね。




 以上が、江上、こんなことやってたよ、ていうののまとめ的なの、でしたよ。
posted by egamihvu at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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